第三章
200円中毒
あの押し売りが来てから3年ぐらいの月日が経ち、ピヨンくんは押し売りのことをすっかり忘れていた。
仕事が早く終わり、まだ二時半だけど会社を出て家に帰る途中だった。
電車に揺られながら何気なくイヤホンを耳から外すと、隣の車両から大声で叫んでいる声が聞こえた。
何かあったのかと思い、覗いてみると大きな男の人がなにか喋っていた。
「200円200円200円200円・・・」
そう言っているように聞こえた。
あまりかかわりたくないなと思い、背を向けて窓を見ていると、
その男の人が通路を通って僕がいる車両にむかって歩いてきた。
「200円200円200円200円」
はっきりそう言っている。
「あ、もしかして」
「モッフモフ毛布の吉原だ」
酔っぱらっているのか、歩き方がもたもたしている。
僕は見なかったことにしようと窓を見つめる。
しかし、「200円200円」という声はどんどん大きくなっていき、
僕に言っているように感じてしまい、振り返ってしまう。
振り返ってみて驚いた。
僕の目を見て言っている。
やがて200円200円野郎は僕が立っているすぐ横でドタっと倒れた。
「うわっ」
と叫んだが、田舎の路線で通勤ラッシュでもないので近くには僕しかいなくて、ちょっと離れた席に座っている人は気づいていないのか知らないふりをしているのか、新聞に夢中になったままである。
ぼくは次に止まった駅で降りて駅員にわけを話した。
しばらくして救急車が来た。
バタバタバタバタ
医者が飛んできて200円野郎はタンカーに運ばれていった。
「そこのあなた、病院に着いたら状況を説明してください。」
そう言われ、僕は救急車の中の気絶した200円野郎の隣にすわった。
やがて病院に着き、僕は今までの押し売りのことやさっき倒れたことなど、一から百まで話した。
「あ、あれ、ここは?どこ?」
200円野郎が目を覚ました。
医者はいろいろな検査をして、僕にこう言った。
「吉村さんは、200円中毒です。200円の言い過ぎが原因でしょう。」
「しばらく安静にしていると、一年で治るはずです。ただ、完全に治るまでにまた『200円』の文字を見たり聞いたりしてしまうと、発作が出ちゃうのでだめですよ。」
「そうですか、わかりました」
僕は検査室に入り、吉村さんに伝えようと思った。
「吉村さん?」
「はい」
「さっき先生が言ってましたけど、押し売りで値段のことを言いすぎたのが原因らしいですよ」
「あぁ、そぉですかぁ」
「なんていう病気なんですぅ?」
「あなた、200円中毒です。」
あ、しまった、『200円』と言ってしまった・・・
と思った時にはもう遅い。
200円200円200円200円200円200円200円200円200円200円200円200円・・・
<第三章 終>