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第二話
火を消すためにあるんじゃ
ついこの前、満員電車のドアの横の壁にもたれかかって寝ているおじいさんがいた。小さくいびきをかきながら眉間にしわを寄せて眠っていた。やがておじいさんはモゴモゴと寝言を言いだし、聞き取れないが何か喋りだした。僕は気にせずに目をそらしていると、急にはっきり何か喋った。
「それは火を消すためにあるんじゃ」
「いじっちゃいかん、火を消すために置いてあるんじゃ」
はっきりそう言った。何を言っているのだと思ってよく見ると、そのおじいさんの目線の先には消火器があった。おじいさんの寝言は止まらない。
「おめぇ、いじっちゃいかんで言っとるやろうが」
「そこの字が読めんのか」
ちょっと怒り口調になった。もちろん誰も消火器なんかいじっていない。
「おめぇ、字が読めんのか、こんなもん幼稚園でも・・・」
「もうそんなんやったらなぁ、もうおめぇ、死ね」
どんな夢を見ているのかわからないが、消火器をいじっただけで『死ね』とまで言うのかと思った。この後しばらく死ね死ねコールが続き、僕は電車を降りた。
「あっちいけ」
「もう、あっちいけ」
「もうおめぇ、死ね」
「死ね死ね」
「死ね」
「あほか、ほんまに死んだらあかんやないか」
「ちゃうちゃう、ほんまに死ねいうとるんじゃないねん」
「ほんまに死んでもうたら元も子もあらへん」
<終>
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