それではお言葉に甘えて
それではお言葉に甘えて
目覚ましが鳴ってうるさいなーと思いながら目を覚まし、1階へ行った。
ご飯を食べていると猫がニャーと鳴くのでキャットフードをお椀によそってあげると猫がこっちを向いてシャーっと威嚇してきた。
そのシャーっという声があまりにもうるさかったので、
「近所迷惑だぞぉ」と隣の人がふとんを叩きながら叫んできて、
そう言われて猫がしょんぼりしていると、
「別にしょんぼりしなくていいんだよ」と隣のオッサンがなぐさめたので、
「それではお言葉に甘えて」と猫はオッサンに近づくと、
猫嫌いのオッサンは機嫌を悪くしてふとんを投げ捨て、
そのふとんが当たって猫がフギャーと声を出し、
向かいの家の人が「近所迷惑だぞぉ」と出てきたので、
オッサンはわけを説明すると、
「あんたがいじめたんじゃないの」と向かいのおばちゃんが逆ギレしたので、
オッサンは怒りがピークに達してベランダで大暴れして、
その勢いでオッサンの住んでる古い家がばらばらに崩れ、
そのガレキがオッサンのハゲ頭にぶつかったので、
オッサンが痛がって向かいのおばちゃんの方に逃げていき、
オッサン嫌いのおばちゃんは機嫌を悪くしてマージャンパイを投げつけ、
そのマージャンパイがオッサンの頭に跳ね返って、
僕の顔にピシャンと当たって目が覚めた。
チャンニャイ伝説
とある海に街があった。そこは陸から遠く、人間や動物などの天敵があまり来なかったので、昔からさかなの市街地としてにぎわっていた。最近では電車やバスが張り巡らされ、特急に乗れば20分で岩場や深海へも行けるという便利さから会社や店がたくさん並ぶ都会へと発展していった。それに何より、この土地には有名な都市伝説がある。それが「チャンニャイ伝説」。300年に一度、水面からチャンニャイという謎の巨大で虹色に光る生き物が降りてきて、それを見たらケガも病気も治るし悩み事もすっかりなくなるのだという。信じる人も信じない人もいるけれど、そのチャンニャイが降りてくるという日は今週の金曜日に迫っているのであった。
その街から少し離れた田舎の村ではしかくりんというなにかの生き物の子供がいた。しかくりんは10人ほど友達をつれて、チャンニャイを一目見ようと街へ出かける支度をしていた。しかくりんは友達に言った。「チャンニャイって本当にいると思う?」「どこかにはいるだろう」そうして夜遅くまで話し合った。朝になって小学校に行っても、授業中に先生がダジャレを言ってもチャンニャイ伝説に気を取られてそわそわしていた。いよいよ木曜日になった。先生には体調が悪いから休むと言って、お母さんやお父さんには学校に行くと言えばいい。しかくりんと友達は物置に隠れて話し合った。わくわくしていたので夜遅くまで寝れなかったけど、お父さんが来て「なんかフワフワして、どうしたん?」と言われたから慌てて寝たフリをした。それから2分ぐらいしか経ってないような気がしたが、気がつくと金曜日だった。すぐ飛び起きて前から準備していたカバンを担いで待ち合わせ場所の「あほんだら広場」に着くともうみんなそろっていた。行きと帰りの電車賃を確認して駅へ出発した。駅員が変な目で見ているのをチラチラ気にしながら改札を通りぬけ、電車に乗った。今頃みんなは席について授業を受けているのだと考えると変な気持ちになって、せっかく来たのにみんな緊張してキョロキョロしだした。一言も話さないまま30分ぐらいたって大きな駅に着いた。人混みをぬけて外に出るとやっとほっとしたのかみんなテストの結果を言い合ったり、嫌いな先生の噂や悪口を言いだしたり、電車オタクがウンチクを言ったりした。しばらく歩いて行くと公園に人だかりができているのを見つけたので寄っていくと、やはりみんなチャンニャイ目当てだった。入り口にいたオッサンはタバコを吸いながら「古い巻物には10時にチャンニャイが来るって書いとったけど一向に来んなぁ」など言って空を見つめている。しかくりんたちもその横に座って空を見上げて話を続けた。学校の椅子がガタガタするから折りたたんだ紙を敷いてたらその紙が大事な書類だったこと、トイレ掃除をサボって怒られた時の先生のズボンのチャックが開いてたことなど色々話して、誰の話が1番面白いか対決になり、それから流行りアニメのキャラクターで誰が1番強いか対決になり、どのテレビ番組に出てみたいかの話題になり、とうとうネタが尽きたのかチャンニャイは本当にいるのかという話題に戻った。そして電車オタクと背の高いやつが言った。「僕、思ったんだけど、チャンニャイなんていないと思う」しかくりんは「そんなわけ・・・」と言いかけて周りを見回すと公園には誰もいなかった。夕方のような日差しが照っている。「もう10分だけ待とう」そう言ったが、背の高いやつは帰る気満々な様子でリュックを背負った。「でもみんなで、こうやって集まっただけでも、楽しかったやん」と坊主頭のやつが全く楽しくなさそうに言った。最後までねばっていたしかくりんも「チャンニャイなんて誰かが作った迷信だろうな」と諦めて駅の方へ向かった。切符を買おうとみんな1列にならんでいると、変な匂いがしてきた。おかしいなと思って公園の方を見てみると、虹色の湯気がたっていた。しかくりんは急いでみんなを呼んで公園に行くと、10メートルもあるような大きなクリオネがキラキラ輝いて降りてきた。「これがチャンニャイなのだろうか」みんなが声を合わせてそう言った。すると光る怪物はもっと近くにやってきてこうしゃべった「そうや」。みんな驚いたが、思わず鼻をつまんだ。チャンニャイの口からドブのような匂いがしたのだ。「チャンニャイはどこから来たんですか?」しかくりんがそう尋ねると、チャンニャイはゆっくり話した。「遠い世界や」声と同時にまたドブの匂いが漂ってきた。しかくりんも友達もこう思ったに違いない。見た目は綺麗なのに口が臭い、と。チャンニャイはみんなにこう言った。「わしは君らに話さんといけんことがある。わしは、この世界の奴らには伝説と思われておる。でも、そんな扱いされるのは恥ずかしくて嫌なんや。だから、今日は行かんとこうかと思って、家でゴロゴロしてたんや。でもなんでここにおるんかわかるか?」みんな夢なのか現実なのか分からなくなっていた。電車オタクが答えた。「分からないです。」するとチャンニャイは言った。「ホントのことをいうとやな、わしは、警察官や。君らの親と学校から通報があったんや。学校サボって遊んどるって!」みんなギクッとした。「だからやな、せっかく家てゴロゴロしてんのにわざわざ来たんや。学校の先生に特別指導受けさせるように言うといたからな!!」みんなギャーギャーいって走り出すのをチャンニャイは片手でつかみ、警察手帳をピロピロ開いたり閉じたりしながら学校まで飛んでいった。それからというもの、しかくりんたちはチャンニャイのことは大嫌いになったし、特別指導の先生のことはもっと大嫌いになった。だけど、チャンニャイのおかげかケガも病気も悩み事も全くしなくなったのであった。
バスどろぼう
その事件は0系統のバスの中で起こった。真夏の昼下がりのわりにはあたりは薄暗く、太陽は雲で隠れていた。一人の男の人が両替をしようと席を立って待ってっていた。そして千円札を機械の中に入れた。すると運転手が話しかけてきた。「両替には手数料がかかるよ。いいんか。」男の人がとまどっていると、「手数料、四百円。」と言われた。こんなバスもあるかと思った。すると運転手はこういう。「君はシニアやね。シニアは、追加料金三百円。」そう言われて男の人は少しおかしいなと思った。ふつうシニアは安くなるはずなのに。それにしても追加料金高すぎないか。そして「え、七十代には見えなーい」と言われたいがために必死で若作りしていたのに一瞬にしてシニアとバレたことが何となく悔しかった。いろいろ考えている僕を割り込んでまた運転手がしゃべる。「今、ネコファミリーゆうキャンペーンやっとんや。ネコ連れてきたら安ぅなんねん。お前ん家ネコおらんな。じゃあ追加料金、二百円やな。」僕はもうその運転手が何を言っているのか全く理解できなかった。「もとの運賃が百円、手数料 四百円、シニア追加料 三百円、ネコファミリーで二百円、あ、お前の千円は一円も残らんわ。」おっさんは笑顔でそう言った。僕は何が何だかわからずに、ただただ眺めているしかなかった。するとおっさんはいかにも誇らしげにこういう。「このバス会社は災害救助活動を支援してる。ニジェール南部のクガシタートで大地震が起こったさかい、募金ぐらいしたらどうや。」もちろん僕は一切そんな気にはなれなかったが、おっさんがしつこいから断るにも断れなかった。「はい、はいはい、もー、勘弁してください。」そう言って手書きで「ぼきん」と書かれたダンボール箱に一円をぽとっと落としてやった。おっさんは今度はあきれかえったような顔になり、ため息をついた。「へえ、一円で壊れた建物が直るんや、あーそーか、直してみんかい。」バカにしたような言い方だった。僕が新品の一万円札を入れてやるまでは納得した表情を見せなかった。僕はこのおっさんの奴隷になってしまったと実感した。でも僕が一番腹を立てたのはここからだった。やっとの思いでバスから逃げようとした僕に、おっさんはこう言った。「今日はわしの誕生日やからな、一万円ぐらいくれや。」僕の頭には怒りがぐるぐる駆け回ったが、この人にあれこれ言っても無駄だと思い、もうさっぱりあきれて最後の一万円札をおっさんに投げてバスを出ていった。涙は出なかったが、悔しさがあふれかえった。ナンバープレートも見えないぐらいのスピードで走っていくバスを、いつまでもぎっとにらんでいた。
次の日になり、天気は良かったが僕の心は全く晴れ晴れした気持ちになれなかった。なにしろ、あのバスのことは忘れたくても忘れることができなかった。そして用事もないのに0系統のバスに自ら乗りに行った。どうやら0系統の運転手はこの人しかいないらしい。それはそのはず、0系統なんてもともとないのである。僕は公式ホームページを見せながらおっさんにこう言った。「大人の運賃は全線 八十円って書いてあるんですが昨日 百円って言われたんですよ。どういうことですかね。」おっさんは僕を見るより先にびくっとした。しばらく考えた後こう言った。「昨日までは百円やったんです。」でもホームページが更新されてから三か月もたっている。しかも、確か昨日の朝刊の宣伝で「大人八十円、子供四十円」って自慢気に書いてあった気がする。しばらくしておっさんは、「0系統だけ別や」とか「百円って言った覚えはない」とか適当なこと言いだしたから完全に詐欺だとわかった。「手数料四百円っていうんも嘘やったみたいやな。両替に手数料なんかいらんに決まってるやろ。」そう言ったらおっさんはまたモジモジ考え出して言い訳ばっかりしてくる。「シニアは三百円高いどころか三十円安くなるはずやろ。ネコファミリーってなんや、エコファミリーやろ。金を返せ。せっかくたまった年金がもう七五三円しかないんや。お前のせいで。」おっさんは昨日の僕みたいにちょっと慌てだした。全身から汗をたらし、びんぼうゆすりをしている。シワシワの顔をもっとシワシワにしながら。「あと、なんや大地震だの募金だの言ってるけど、大地震なんか起こってないし、そもそもクガシタートなんか言う街どこにあんねん。どこにもないやんか。」おっさんはもう何も言わなくなった。「あとお前、運転、荒すぎやろ。免許とったんか。」そう言っておっさんが震える手で出してきた免許書を奪いとり、じっと見た。更新の時期が来ているのにほったらかしているし、飲酒運転で何度もつかまっている。でももっと気になったことがある。生年月日の欄に「昭和十三年二月十八日」と書いてある。昨日は誕生日じゃなかったのである。「誕生日も嘘やったんか。ほんまの誕生日やっても払いたくないけど。あと、この市バスは1系統から始まってるから0系統なんかなかったよ。」僕は何度も何度もちゃんと謝って金を返すように頼んだのだが、運転手は一切その素振りを見せない。時間だけがどんどん過ぎていく。「よしわかった。全部警察に通報したる。」僕がそう言うと、さっきまで死んだみたいにしゃべらなかったおっさんが子供みたいにさわぎだした。「それだけはやめてくれ。頼むからやめてくれ。絶対やめてくれ。ほんまにやめてくれ。」僕は言った「じゃあ僕の一番欲しいものをくれるんなら許したる。」「その一番欲しいものは何です?」「それは、このバスだ。」
大蚊帝国
海の近くの田舎町に、蚊がたくさん住んでいました。 蚊たちはそこらじゅうを自分の街にしていました。 蚊の家があり、店があり、交番があり、銭湯があり、ショッピングモールまでありました。 その街は時がたつにつれてにぎやかさを増し、やがて大都会へとなり、国にまで発展しました。 もちろんその国を治める蚊の大統領がいて、法律もつくられました。 特に争いごとが起きることもなく、蚊の国民は平和な毎日を過ごしていました。 しかし4代目の大統領が病気になり、次の大統領は誰になるのかという争いが起こってしまいました。 大統領が決まらないまま争いは長びいて、戦争となりました。 「俺は一番強い!」そうみんながしゃしゃり出るので戦争はさらに長続きし、一週間ほどたって戦争はやっと治まりました。 勝利して次の大統領となったのは、プーンという若い一匹の蚊でした。 プーンはほかの蚊とは比べ物にならないほど大きくて、筋肉ががっしりついていました。 そんなプーンは大統領になるや否や、めしつかいをつれて自分の城を作るように言いました。 城は大人数の大工を雇って完成させました。 プーンはめしつかいに料理や掃除、洗濯をさせ、自分は大理石の上の巨大なソファーでゴロゴロする生活を送りました。 夜には毎日パーティーや音楽コンサートが開かれ、騒ぐ声やオーケストラのコンサートが鳴り響くような、そんな毎日がしばらくは続きました。 でもいくら大統領になってもお金には限りがあります。 プーンは次第にお金が足りなくなっていきました。 するとプーンは言いました。 「労働者の蚊の諸君、新しい法律を発表する。これからは仕事で得たもの(吸った人の血液)の半分をわしに与えろ! わかったかー」プーンはメガホンを片手にニヤニヤ笑いました。 次の日から城の前にはたくさんの血が入った入れ物が送られてくるようになりました。 それでもプーンは言いました。 「労働者の蚊の諸君!血だけじゃ栄養が足りん。 野菜を持ってきてくれ! 聞こえたかー」その次の日には野菜がどっさり届きました。 国中の集まった食材をプーンは1日で食べたり売ってお金にしたりして使い切りました。 「労働者の蚊の諸君、今日は魚だ!」プーンはまた命令し、コンサートの一番前の席で足を組みながら魚をもしゃもしゃほおばりました。 「労働者の蚊の諸君、明日は肉をくれ!」国民の蚊たちはさすがにあきれて、プーンのいる城へ訴えに行こうとしましたがみんな怖がって途中で帰ってきました。 蚊たちはあの大統領を何とかしようと会議を開きました。 スーパーの店員の蚊や、銭湯のアルバイトをしている蚊、のこぎり職人の長老の蚊など大勢の蚊が集まりました。 皆は口々に言いました。 「プーンをやっつけろー」と。 そしてその方法を話し合いました。 会議はどんどん進み、意見もまとまってきました。 ところが、運の悪いことにこの会議がプーンの家来に盗聴されていました。 これを聞いたプーンはプーンと大激怒。 「今すぐ奴らを追い出せー。二度とこの国に入れないようにしてやれー」そう言うとプスプス鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまいました。 たくさんの蚊は国から追い出され、自分の家に帰れなくなってしまいました。 しばらくして、追い出された蚊のうちの何匹かはプーンに腹が立ったので再び国へと入っていき、プラカードをもって行進していきました。 でも、国境近くでプーンの家来につかまり、刑務所に連れていかれました。 もうわからない蚊たちは、刑務所の柵にぶら下がりました。 違法侵入はだいぶ罪が重いらしく、蚊取り線香のにおいを牢屋でずっと嗅がされ頭がクラクラしてきました。 一生出られないのかと思ったその瞬間、向かい側の牢屋に小さな蚊がいることに気がつきました。 話を聞くと、どうやら酔っぱらってプーンの城に入ってしまったというのです。 蚊たちはお互いに手を握り、脱出しようと誓いました。 囚人のなかにはのこぎり職人がいたので、のこぎりをつくって柵を切ってもらおうと頼みました。 一週間ほどたち、やっとの思いで脱出できたと思うとすぐに監視カメラで見つかってしまい、またどこかへ連れていかれました。 そこはなんと、あのプーンの住む城でした。 奥の金や銀のぶ厚い扉から、あの頃とは全く違う運動不足でまるまると太ったプーンが登場してきました。 プーンは言いました。 「君らはわしの命令に逆らってばっかりおる。許せん! 死刑じゃ!」大統領は死刑をする機会の前で蚊たちをグルグル巻きにしました。 蚊たちはもう怖すぎて何も言えないし、何も逆らえません。 ぶくぶく太ったプーンをにらみつけることしかできません。 笛が鳴り響き、大統領が赤いボタンを押そうとしました。 と、その時です。 巨大な肌色の何かが物凄い衝撃音を鳴らしてプーンめがけて飛んできました。 次の瞬間、プーンはもう海水浴をしていた男の子の手のひらにぺったんこに潰されていました。 蚊たちは「この人こそ!次の大統領だ」そう思いました。 蚊の住宅街からは大きな拍手が聞こえてきました。 そして、今は亡きプーンの家来やめしつかいまでが、ガッツポーズしていました。
押し売り
一 毛布の押し売り
冬が近づいて、外では風がピューピュー吹いていた。
ピヨンくんは最近出してきたこたつに細いあしを入れてお菓子を食べていた昼下がりのことだった。
ピーンポーン
テレビの音に紛れて、家のインターホンが鳴った。
宅配便だろうか、知り合いだろうか・・・
外に出なくてはと思いながらもあったかいこたつから出たくなくて、しばらくボーっとしていた。
ピーンポーン、ピーンポ、ピーンポーン
今度は何回も鳴った。
こんなにしつこく鳴らす人は、どうせ知り合いだろう・・・
「すいませーんっ」
外から聞こえてきた声は、友達のミヨンくんっぽい。
「入ってきて」
ぼくはそう叫ぶと、ガッシャンと門があいて、ドアを開ける音がした。
ガラガラガラガラ
こんどは自分がいるリビングのドアが開いた。
「いやぁ~、久しぶ・・・」
あれ?
知らない男の人が一人やってきた。
「えっあの、誰ですか」
「あ、どうもどうもこんにちは、こちら株式会社モッフモフ毛布の吉原と申します。」
「お客さぁ~ん、これからの季節さむぅ~いですけど、あつぅ~い毛布いかがですかぁ?」
「押し売りじゃないですか、いらないですけど」
「いゃいゃお客さぁん、うちの毛布ただの毛布じゃああ~りませんよぉ!」
「実はですねぇ」
「いらないですよ、毛布なんていっぱいありますから」
「どんな毛布ぅ、お使いになられておられまぁすぅかぁ?」
「どんなって、そこに置いてるじゃないですか」
「あっ、あああああっ、あなた、こぉんな汚い毛布使ってはるんですかぁ」
「汚いですか?」
「こんな毛布で寝ているとですねぇっ、肺が腐って病気になっちゃいますよぉ、いいんですかぁねぇ」
「そうですか、それは困りますね」
「でしょでしょ、で、お客様、この毛布どぉですか?」
「この毛布、絶対にカビも生えない、ダニも湧かない」
「そりゃ、いいですね」
「しっかも、この手触り、ふっかふかでしょ」
「たしかに、すごいですねぇ」
「いやでも、値段はどうなんですか?」
「それがですねぇお客様ぁ、なんと200円で買えちゃうんです」
「え、ゑっ、たった200円ですか」
「はいでございますよぉ、今だけの特別価格でございます」
僕は迷ったが、たった200円ならと買ってみることにした。
「じゃあ買います」
チャリン チャリン
200円を渡した。
「あぁりがとうございますぅ、また今度送ります」
「えっ、今くれないんですか?」
「ちょっと今在庫がですねぇ・・・」
「配送ですか?」
「はい、そうです。配送だけに・・・」
「・・・」
「わかりました、じゃ、また送ってください」
「じゃあ僕はこれで・・・お邪魔しました・・・」
押し売りは大きなトラックに乗って、帰っていった。
ニ ふとんタワー
あれから一年が経った。
クリスマス騒ぎが過ぎると、もう町中どこもかしこもお正月モードになっている。
大掃除を終え、おせちを買ってきて、親戚がもうすぐやってくるだろうと待ち構えていると、
ピーンポーン
「あっ、来た来た」
親戚が来たのだろう。
僕は玄関まで行き、ガラガラガラガラっと戸を開けた。
うわっ、誰?
見ず知らずの男の人が立っていた。
「誰っ、誰なん?」
どこかで見たことがあるような気もしなくもなくもないけど、親戚にこんな人いない。
それに、スーツを着て、書類を持っている。でも同じ会社の人でもない。
「誰ですか・・・」
「いやぁ~どうも、株式会社モッフモフ毛布の吉原と申します」
「あっ」
そうだった、思い出した・・・
毛布を送るといったままずっと届かなかったあのモッフモフ毛布の吉原だ。今日やっと届けにきたんだな
「お客様ぁ~こんど新商品が発売されることになりましてぇ~、ふとんタワーという商品でございます。大人気商品でございますからぁ~デパートもアパートもみな品切れのため買えないんでぇ~すが、今回は特別に・・・」
「あの、それよりも、前買った毛布は・・・」
「ふとんを積み重ねているとなだれが起こったりなんかしませんかぁ、そんなときに大役立ち。この4本の支柱で積んであるふとんが崩れないようしっかり支えます。」
「今回は特別にですねぇ、お客様だけにぃお買い求めいただきたくてぇ~、特別価格で200円ってとこで。」
「ちょっと、去年買ったあの毛布いつ届くんですか?」
「通常価格19800円のところぉ、今回は200円でぇ・・・」
「ちょっとちょっと、それより毛布はやく送ってくださいよ」
「なんと200円でお買い求めいただけるんですよぉ、こんなチャンスはもうあ~りませんっからねぇ・・・」
まるで壊れたおもちゃのように同じことばかりいって、こっちの話は全く聞いてくれない。
「200円です。200円ですよぉ~200円。200円で買えるなんてぇ~、200円ですから、ね、200円」
「ちょっと!!!」
僕は大声で叫んだ。
「200円200円ってうるさいんですよ、それより僕も毛布どうなったんですか」
「へ?、、は、はい?」
「去年モッフモフ毛布の吉原って人から毛布買ったのに届かないんですよ」
「・・・」
「ね、安いでしょ200円。200円よ。200円で買えちゃうんだから」
「それさっきも聞きましたから」
「200円200円200円。たったのたったの200円。ね、たったの200円。いいでしょ、たったの200円。」
「もう帰ってくださいよ」
「200円払ってくれりゃすむんですよぉ~安いよたったの200円、ダメ?、ダメ?、ダメェ」
「ケチねぇ、たったの200円がそんなに惜しいのかしらぁ、あたしこんなケチな人初めてよ」
「200円で済む話じゃないの、ねぇ、ねぇ200円、ねぇ200円」
「はいっはい、払えばいいんでしょ」
「はあーっ、お客様はやっぱりお目が高い。うちの最高級ふとんタワーを選ぶなんてなかなかのふとんマニア
ですなぁ」
「もう、いいから帰ってください、僕だって忙しいんで」
「じゃあまた今度発送しますんで」
そういって帰っていくところを何気なく見ていると、押し売りは隣の家へ入っていった。
やがてしばらくすると、200円200円とねだる声が隣の玄関から聞こえてきた。
三 二百円中毒
あの押し売りが来てから3年ぐらいの月日が経ち、ピヨンくんは押し売りのことをすっかり忘れていた。
仕事が早く終わり、まだ二時半だけど会社を出て家に帰る途中だった。
電車に揺られながら何気なくイヤホンを耳から外すと、隣の車両から大声で叫んでいる声が聞こえた。
何かあったのかと思い、覗いてみると大きな男の人がなにか喋っていた。
「200円200円200円200円・・・」
そう言っているように聞こえた。
あまりかかわりたくないなと思い、背を向けて窓を見ていると、
その男の人が通路を通って僕がいる車両にむかって歩いてきた。
「200円200円200円200円」
はっきりそう言っている。
「あ、もしかして」
「モッフモフ毛布の吉原だ」
酔っぱらっているのか、歩き方がもたもたしている。
僕は見なかったことにしようと窓を見つめる。
しかし、「200円200円」という声はどんどん大きくなっていき、
僕に言っているように感じてしまい、振り返ってしまう。
振り返ってみて驚いた。
僕の目を見て言っている。
やがて200円200円野郎は僕が立っているすぐ横でドタっと倒れた。
「うわっ」
と叫んだが、田舎の路線で通勤ラッシュでもないので近くには僕しかいなくて、ちょっと離れた席に座っている人は気づいていないのか知らないふりをしているのか、新聞に夢中になったままである。
ぼくは次に止まった駅で降りて駅員にわけを話した。
しばらくして救急車が来た。
バタバタバタバタ
医者が飛んできて200円野郎はタンカーに運ばれていった。
「そこのあなた、病院に着いたら状況を説明してください。」
そう言われ、僕は救急車の中の気絶した200円野郎の隣にすわった。
やがて病院に着き、僕は今までの押し売りのことやさっき倒れたことなど、一から百まで話した。
「あ、あれ、ここは?どこ?」
200円野郎が目を覚ました。
医者はいろいろな検査をして、僕にこう言った。
「吉村さんは、200円中毒です。200円の言い過ぎが原因でしょう。」
「しばらく安静にしていると、一年で治るはずです。ただ、完全に治るまでにまた『200円』の文字を見たり聞いたりしてしまうと、発作が出ちゃうのでだめですよ。」
「そうですか、わかりました」
僕は検査室に入り、吉村さんに伝えようと思った。
「吉村さん?」
「はい」
「さっき先生が言ってましたけど、押し売りで値段のことを言いすぎたのが原因らしいですよ」
「あぁ、そぉですかぁ」
「なんていう病気なんですぅ?」
「あなた、200円中毒です。」
あ、しまった、『200円』と言ってしまった・・・
と思った時にはもう遅い。
200円200円200円200円200円200円200円200円200円200円200円200円・・・
にがいごはん

